上巻に続く、ちょんまげヒストリー
苦悩する木戸孝允。最後の手段として一つのちょんまげに注目する。
明治天皇のちょんまげである。明治天皇がちょんまげを切れば町民が変わる。しかし宮中では伝統と格式を重んじる。西郷隆盛と大久保利通とで宮中改革に乗り出す。吉井友実が宮中での生活に西洋を取り入れる一方で女官たちが激しく抵抗した。明治天皇が西洋人との面会をも女官によって拒まれた。
宮中での西洋化は苦戦押し入られている中・・・・
1871年11月
不平等条約改正に向け、交渉のため欧米に使節団が派遣される。岩倉具視率いる使節団は、和魂和才の岩倉具視、ただ一人がちょんまげと和装姿で赴く。
1872年12月6日
サンフランシスコ到着。初めて見る西洋文化に大きな遅れを感じる。ワシントンを目指して大陸横断の一ヶ月の旅、岩倉具視の容姿が注目を集めて歓迎される。
1872年1月17日
ニューヨークタイムズは当時、[アメリカに着いても日本文化に固執している日本人] と記した。
ちょんまげと和装、珍しい風習、見せモノとして喜ばれているだけだと岩倉具視、アメリカの地でちょんまげを切る。
1872年1月21日
ワシントン到着。ちょんまげを切り洋装で西洋文化を受け入れる姿勢を示すが、不平等条約改正への条件は、厳しい条件を提示されてしまう。対等の国家として認められていない屈辱。岩倉具視は決意する。不平等条約改正には、対等国家となる日本を創る以外に道はないと。
1872年7月 3日
あらゆる事を学びとるためにヨーロッパに向かう。岩倉具視もまた、明治天皇を近代化の模範とする事を考え、岩倉の報せに公家たちも次々に断髪した。吉井友実より女官たちが罷免したと知らせが届く。宮中に近代西洋化の風がふく。
1873年3月20日
明治天皇、自ら断髪を決意。・・・そして御断髪。
日本中に衝撃が走る。やがて全国にちょんまげを切る動きが広まる。
1873年9月13日
板倉具視は帰国すると同時に憲法に着手。
1877年5月26日
木戸孝允 亡くなる。 45才 京都東山区 護国寺に墓石
1883年7月20日
岩倉具視 亡くなる。 59才 京都左京区 霊源寺に墓石
1894年7月16日
岩倉具視の死から11年、不平等条約改正に成功する。
京都にある岩倉具視を偲ぶ墓石には遺髪が納められている。
〜その時歴史が動いた〜 明治日本文明開化騒動記より
ほんの130年前の日本。大きく変化するもんですよね。








ああ〜!!このネタ「その時歴動(れきうご)」やったんですか〜。ママがサンタとキスしました。
こんな大作を書けるなんてスゲーって思ってたら元ネタテレビかい、
でもこんだけ覚えててるのはスゲーな。
三つボタンのスーツにドレッシーなワンピースのカップル。
何歳くらいの方をモデルとして起用すると見栄えが良いですか?
洋装中心の現在ですが、個人差もあり個人的な装いで素敵な年代の方も多いのですが洋装が似合う体型は20~30歳代のように感じます。
一方、和装の場合は若すぎるよりも年齢を重ねた体型に似合う様に感じます。年齢で言えば30~70歳代なんて素敵でしょうね。ヘアスタイルもちょんまげの場合も同様に若すぎるよりも年齢を重ねた方のほうが、なんと言いましょうか・・・風格と自信に満ちた体型に合ってくる様に思います。男性の頭髪の毛量に関しても言えば前頭部と頭頂部は35位から抜け毛も増えて以前よりも毛髪は細くなり頭の上部は寂しくなってゆくのが世の常。ちょんまげとはある意味、老化、いえいえ、自然の営みにやさしい髪型なのかもしれません。
和装とちょんまげの130年前の社会では20〜30歳代よりも40歳からが敬われ憧れる存在にあったのではないかと勝手に推測してしまいました。
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